蒸発したブラックホール その19 史上最高のフォアグラ

L'Auberge de l'Ill アルザス イローゼン

 以前はフランスの地方で最も好きなレストランでした。アルザスの主要都市であるコルマーから車で30分の程度の田舎の、イローゼンある3つ星レストラン。周りはキャベツ畑が広がる小さな村で車で1分ほどで村を抜けてしまう寒村にあるフランス最高のレストランでした。オーベルジュと言いながら以前は泊まることは出来ませんでしたが、近年改装が行われ宿泊も可能になりました。希望すれば朝食はイル川に浮かべた小さな船の上で取ることも可能です。しかし、私の尊敬する偉大な料理人、ポール・エーベルラン氏は数年前に亡くなってしまいました。今はその息子である、マルク・エーベルランがその厨房を仕切っていますが、偉大な英雄の息子は英雄になれず、父ほど優秀な料理人とは思えません。パリの修業時代に見つけた、田舎には不似合いなド派手なパリジェンヌと結婚していましたが、その後別れ、以前よりは、少しはまともな料理人になりましたが、偉大な父に比べれば小粒だと言わざるを得ません。

 私は、80年代から90年代にかけての、ポール・エーベルランの絶頂期には足繁くこのアルザスの田舎の寒村に通いました。ポールの作る料理は時代に流されない雄大なスケール感のある素晴らしい料理で、特にフォアグラは世界最高の美味しさでした。今でも有名なスペシャリテの「壺入り鵞鳥のフォアグラのテリーヌ」は絶品中の絶品でした。しかしかつては、そのスペシャリテも霞んでしまうほどの究極のフォアグラ料理がありました。初夏の7月に店に行くと、ポールがニコニコしながら出てきて、今日は生フォアグラがあるから食べないかと言われ、即決でお願いした信じられない究極のフォアグラでした。フレッシュなフォアグラを大量の氷で押しつけ〆ながら作ったもので、熱を一切加えていない生のフォアグラ料理がこんなにも美味しいものかと思えたほど、とんでもないフォアグラでした。未だにこのフォアグラを超えるキュイジーヌには出会っていません。正しく絶対頂点のフォアグラ料理でした。

 またこの初夏から夏にかけての時期しかない希少で小振りなのに濃厚な味の桃とアルザス貴腐ワインを大量に練り込んだクレームで作られた、桃のコンポート「ペーシュ・エーベルラン」も南仏ウーティエの店の「サラド・オランジェ」と並び今までに食べたデセールの究極の頂点です。

 今でも初夏になると、ポール・エーベルランが作った、生フォアグラの氷〆と季節限定ペーシュ・エーベルランが無性に食べたくなります。