美食のスーパーノバ その3 20年間の煌めき

ラ・ベカス 大阪 淀屋橋 渋谷圭紀

 ラ・ベカスがオープンしてこの秋で20年目になります。フランスに居るときから注目し、帰国したとの情報を得て直ぐに飛んでいったのを昨日のことのように思い出します。帰国して1年目は大阪、梅田の「ミストラル」に雇われシェフとして招かれていて、最初に口にした彼の料理は、「岩牡蠣のグラタン・カレー風味」だったのを今でもはっきり覚えています。その時の皿から今の今まで料理を食べ続け、福臨門香港九龍店に次ぐ300回以上の訪問になっています。普通フランスから帰国した料理人は、時間とともに塩加減が減っていく傾向がありますが、調理師学校を卒業後、日本の店に一切勤めず、10年以上もフランスの超有名レストランを苦労しながら渡り歩いてきた、渋谷シェフの料理の塩加減は全く変化がありません。彼の料理を一言で言えば、クラシックで輪郭のハッキリしたオリジナリティ溢れる料理だと言えます。他のレストランとは明確な違いを持つ、日本最強のレストラン・フランセーズだと私は思います。多くの料理人が、和食のテーストをフランス料理に持ち込み、和食に慣れた日本人には絶賛されますが、その店を明日パリでオープンしたらフランス人に高い評価を得る店がどれくらいあるか大いに疑問を感じますが、渋谷シェフの料理は間違いなく絶賛されると私は確信しています。ミシュランの3つ星シェフ達が大阪や神戸のホテルでフェアをするときも、帰国前日の貴重な時間を割いてラ・ベカスのみに訪れていることからも、如何に彼の料理がフランス人の間でも評判になっていることが伺えます。事実、私がアラン・シャペルやジャック・マキシマン、ポールエーベルランの絶頂期のフランスから帰国した直後に店で食事をしても渋谷シェフの作る料理は名だたるフランス料理人に負けない孤高の輝きを持っていました。
 特に今でも渋谷シェフの作るポアソン(魚料理)の美味しさは、世界No.1だと私は考えています。日本人の繊細な魚の扱い方にフランスの伝統的な料理技法、そして彼の料理人としての秀でた感性が融合したその皿は芸術品と思える珠玉の料理の数々に、何回も感動させられました。勿論ヴィアンド(肉料理)も素晴らしいですが...
 現在、日本で活躍中のシェフ達の多くはフランスで修行する際は、店から給料を貰わず、自分から持参金を持って渡仏しています。ちょうど彼やオーベルジーヌの小滝シェフらの修業時代が最後の「働いてなんぼ」の世代だと思います。当然給料を貰わず、「何処どこ星付きレストランで修行した」の名目を得るためだけが主な目的の軟弱な今時のシェフとは真剣さが全く違いますので、料理に込められた「何くそ魂」の迫力は桁違いです。
 渋谷シェフは1961年生まれの49歳。今が料理人として最も脂乗り切っている年齢だと思います。
 彼の作る料理はベースが伝統的なクラシックスタイルですので、食べる側にも、それなりの資質が問われます。キュイジーヌコンテンポラリーに代表されるような軟弱なムニュデギュスタシオンや和食テイスト溢れるあやふやなフランス料理、分子料理法なる奇をてらっただけの料理を好む人には、彼の料理は理解できないと思います。東京で例えれば、レストラン・コバヤシやビストロ・ハムサ、北島亭やOGINOの料理がバッチリ合っているような人には、間違いなくストライクゾーンに来ると考えます。
 20年くらい前のヌーベルキュイジーヌ絶頂期の本場のフランス料理のエスプリを感じたい人には、ぜひお勧めします。

http://www.labecasse1990.com/index.html