食べ手によるフランス料理考察 その3

【フランス料理におけるオマージュとコピー】

 あれだけ権利主張の強いアメリカでも、以前ロサンゼルス、ビバリーヒルズの美食通りとして有名なLa Cienega(ラシエネガ)通りにあるトップクラスの豪華な某グランメゾン「O」に行ったら、ほとんど全ての料理がリアルなコピー料理のオンパレードでした。

「赤ピーマンのムース」や「冷製ビスク、「鴨のオレンジソース」等々、フランス、ミシュラン3つ星店看板料理の見事なコピーものばかりで、これでは、フランス料理人が怒るのは無理もないと思いました。しかもどの料理も味は酷いものばかり、見た目は同じでも、その味わいは笑い話レベルでした。

 日本でもこの傾向は多く見受けられます。赤ピーマンのムースなどは数多くの店で、パコーのコピー作品を散々食べさせられましたが、その味の多くは酷いものばかりでした。一番まともだったのが、パコーと2人で厨房を仕切っていた、三田コートドール斉須政雄シェフのものでしたが、パリで食べたものとは、やはり違っていました。また、日本にはフランスの星付きレストランの支店も多くありますが、これも味わいはフランスとは大きく異なっています。それは考えてみれば当然の話で、食材やバター、水などがまるで違う日本の環境で同じ味が作り出せないのは当たり前の結果だと考えます。アルザス地方にある某店の支店が日本にありますが、オードブルのフォアグラからデセールに至るまで、あまりの違いに愕然とした覚えがあります。
そのような状況下にあって、個人的には先日閉店した神戸の「アランシャペル」が一番まともだったように思っています。

 某国をコピー天国だと揶揄する前に、日本でもフランス料理の世界では、未だコピー天国のままだと言えます。

 そうは言っても、食べ手からも、それを望む声が多く存在することも事実です。どこどこの星付きレストランのメニューを作って欲しいと、客から望まれれば、多少の後ろめたさがあっても作ってしまうのは致し方ないことかもしれません。

 でも私は、ルセットや写真があっても、決して同じものは作れないと断言します。コートドールのスーシェフだった福島さんから聞かされたことは、その場で何回も同じ料理を斉須シェフが作っているの見て、ルセットまで教えてもらっても、全く違う仕上がりになってしまうと、よく聞かされましたし、同じ話を最近、渡邊シェフの下で働いた、川越シェからも聞きました。
 パコーの料理も現在のヴォージュ広場に移って2つ星時代の傑作オードブルの「ソーモンヒュメのティエド」があまりに美味しくて帰国後PTSDを発症して、日本でルセット通り自分で作ってみても、その出来映えが足下にも及ばなかったこともありました。この話を白金の某シェフに話したら、一言「当然!」だと笑われてしまいました。

 大阪、淀屋橋「ラ・べカス」の渋谷シェフの作る料理が圧倒的に素晴らしいのは、あれだけアランシャペル本人から絶対的な信頼をもらい、彼の右腕スーシェフとして活躍して、帰国しても心から尊敬するアランシャペルのルセット通りのものは、一度たりとも出た事が無いと言うことです。エッセンスはもらっても、コピー料理は作らないと言う姿勢に私は深く感銘を受けています。まさしくこれが、コピーではなくオマージュなのです。

 ピカソの描くシュールな絵をそのままコピーしても誰からも認められませんが、岡本太郎のように、発想はインスパイアされても、オマージュとしてオリジナルの世界観を作り上げれば立派な芸術作品になることと同じだと考えます。

「コピーは絶対にオリジナルを越えられない!」

「コピー料理はもう要らない・・・もっとオリジナル料理を・・・」ですね。