蒸発したブラックホール その2 天才マキシマン

ジャック・マキシマン ニース・ネグレスコホテル シャンテクレール

「明るい星ほど早く燃え尽きる...」の言葉通り、80年代のフランス料理界を疾風のごとく駆け抜けた天才シェフ。その名はジャック・マキシマン。彼の居た、ニースのネグレスコ・ホテルのレストラン シャンテクレール は、今となっては伝説の究極のレストラン・フランセーズでした。
 優れた料理人には2種類のタイプがあり、天才型と秀才努力型です。天才型は、ほんの一握りのごく少数しか存在しません。ジョエル・ロビュションなどは明らかに後者のタイプで、パリ16区のジャマンの1982年からの1つ星-2つ星-3つ星の3年間の血のにじむような異常とも思える努力は凄まじく、その3年間の料理で彼の名声が轟き渡り、1984年以降は、その遺産で生きているのでないかと思えるほど新しい料理がほとんど作り出されていないと言えます。
 一方天才型のシェフは努力型のシェフが遠く及ばないほど即興的に驚異的な料理を生み出しますが、自分の腕や才能に溺れてしまい、短期間で表舞台から消えてしまうことが多いのが現実です。まさにジャック・マキシマンはその代表の一人と考えます。彼の絶頂期の料理は、明らかに異常で、私は限界ギリギリの神業とも思える数々の料理に圧倒されました。“クルージェットの牡蠣包み”や”スープ・ド・ポアソン バジル風味”などは今でも鮮烈にその味が思い出されます。彼の作り出す料理は虚飾を極限までそぎ落とし、シンプルで軽快にも関わらず香り豊かで、造形美に優れ、途轍もなく完成度の高い美味しい料理でした。
 その後ニース市内で劇場を改造したレストランやニース近郊の小さな村サン・ポール・ド・ヴァンスに店をオープンしましたが昔の超新星のごとき輝きは見られませんでした。しかし、80年代の彼は私が出会ったフランス料理界最高の天才シェフの一人だと断言できます。